前書き ― 小さな大人と大きな彼女の、微妙なバランスの物語
恋愛は身長差ですべてが決まるわけではない。
背の高い女性と背の低い男性のカップルは、周囲から「いいじゃん」「身長なんて関係ない」と言われることが多いし、当人たちも最初は「気にしない」と胸を張る。
しかし実際には、二人の関係の裏側で、無意識のことばや行動が火種になる。言葉に出さなくとも「本音」と「劣等感」は小さな亀裂を作り、それがある日、亀裂を超えた“決裂”へと進んでしまうことがある。
この物語は――
156cmの会社員・あきらと、172cmの美容部員・アサミが約1年にわたって交際していたときに実際に起きた「やらかし」をまとめた記録である。
ポイントは、単なる「身長ネタ」「女の方が強い系のあるある」では終わらず、 いかに“珍しい摩擦”が積み重なり、ふたりにしかない失敗談へと発展していったのか にある。
ここで紹介するのは、いわゆる「王道の失敗」――
「背が低いことを自虐的に言いすぎる」とか「彼女を“巨人”扱いする」といったテンプレではない。
もっと、リアルで、もう少し細かい、そして“やらかした本人”でしか想像できないズレである。
ではさっそく、その5つの「絶対NG」を紹介していこう。
NG1. 「彼女が届く高さに合わせて、あえて棚を改造する」という暴走DIY事件
最初のきっかけは何でもない会話。
アサミが「上段の棚、私なら余裕で取れるよ」と言ったとき、あきらは「そうだよね、便利だね」と口では笑ったが、内心にちくりと劣等感を覚えた。
そこで彼は休日、思い立ってホームセンターに行き、“彼女よりも自分に合わせた高さ”に棚を付け替えてしまった。
するとどうなったか。
アサミは普段の生活でよく使う化粧品ストックや書類が、なぜか「低い位置に詰め込まれている」ことに気づく。
アサミ「え、ここに入れたら逆に不便じゃない？ 私、これ踏み台いらないのに」
あきら「いや、俺がさ……取りやすい位置にしたほうが良いかなって」
この“配慮”は彼女にとっては嬉しくも何ともなく、むしろ「自分の高さを否定された」感覚になった。
“棚の高さ”はまるで「自分が背が高いことを見えないようにされている」みたいに受け取られてしまったのだ。
結果、空気は最悪に。
「小柄コンプレックスを彼女の生活空間にまで持ち込んではいけない」という失敗だった。
NG2. 「ヒール禁止令」をジョークのつもりで言ってしまう
ある日、アサミは友達の結婚式二次会にあきらを連れていった。
彼女は黒ドレスに8cmヒール。身長は180cm近く。
見た目も気品があり、会場では自然と注目を集めていた。
そのとき、あきらが放った一言。
「それ以上ヒール履かないで。危険区域だから」
ジョークのつもりだった。
その場は笑いに包まれるかと期待していた。
しかし現実は違う。
アサミの側からすると、これは公の場で「身長のことを見張られている」と宣言されたようなものであり、しかも周囲の視線が集まっている状況での皮肉。
アサミは笑顔を作りながらも、心の奥で冷たく突き刺さるものを感じた。
家に帰ってからは一切口をきかなくなった。
あきらはやっと気づく――「冗談のつもりで言った身長ネタは、外で出した瞬間に公然のジャッジに変質する」ということを。
NG3. 「ペア写真でわざと台の上に乗る」小細工の露呈
交際半年の記念日、二人はテーマパークに行った。記念撮影スポットで並び、カメラマンにポーズをお願いする。ところが、いざ撮影された写真を見ると……あきらだけがなぜか石の台座に片足を置き、“微妙に身長が同じ”に見える構図になっていた。
アサミはすぐ気づいた。
アサミ「あれ、あきら……それって、台の上、乗ってた？」
あきら「いやいや、たまたま足を置いただけで……」
誤魔化すほど不自然になる。
しかも、その写真を後日SNSに投稿すると、「お似合い！」とコメントされた中に「あきら身長伸びた？」という友人からの冗談が混ざり、それが決定打となった。
彼女は笑いながらも、心の奥でこう思った――
「私の存在を隠すみたいに『釣り合ってる』ように演出されてる……これって私自身の否定じゃない？」
写真一枚の出来事は小さい。
だがそれは“心の芯”をじわじわ削る失敗だった。
NG4. 「ハイタッチ拒否」事件
彼らはお互いスポーツ観戦が好きで、サッカーをよく観に行った。
ゴールが決まった瞬間、観客席では自然とハイタッチが起きるのだが、そこであきらが取った行動は意外すぎた。
アサミが嬉しそうに手を上げる。
だが――あきらの手は、わざと胸の位置で止まった。
あきら「いや、そこまで高く上げられないから」
冗談交じりの仕草だった。
しかしアサミにとって、この小さな拒絶は極めて大きな意味を持った。
「二人で喜び合う姿を“身長差理由でわざわざ断られる”」のは、共に楽しむ空間を分断されたような感覚を与えたのだ。
後にアサミは呟く。
「あのとき、手を合わせてもらえるより、突き放された感じが強くて……すごく冷めた」
恋人同士の小さな儀式を、コンプレックスが遮った瞬間だった。
NG5. 「寝姿シルエットを比べる」地雷発言
最後の決定打。
ある夜、二人が並んでベッドで眠っていた。照明を落とし、壁に映るシルエットを眺めながら、あきらが不意に笑って言った。
「一緒に寝ると、影にするとアサミが俺のお母さんみたいに見えるな」
何気ない冗談――のつもり。
しかし、この言葉はアサミにとっては致命的だった。
「恋人＝母」扱い。
ロマンティックであるはずのナイトシーンを“親子図”にしてしまう無神経さ。
アサミの気持ちは一気に冷めた。
「私はあなたのお母さんじゃない。恋人でいたいだけなのに。」
それが彼女の決意を固めた瞬間となる。
まとめ ― 小さな差異が最後の溝へ
この5つの失敗に共通するのは、自覚なく放出された“身長コンプレックスの影”だ。
背が低いこと自体ではなく、その低さをどう扱うのか、そしてそれを「彼女との関係にどう持ち込むか」が決定的に重要なのだ。
あきらは結果的に「彼女の身長を肯定できなかった」。
肯定しないということは、恋人の存在そのものを部分的に否定していたことと同義。
そうしてふたりは静かに決裂した。
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